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「生き恥をさらした......」パプアで多くの命を救った日本人 “ビッグマン” 波瀾万丈の人生

ライフ

テレ東

2019.4.14 世界ナゼそこに?日本人

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世界で活躍する知られざる日本人を取材し、ナゼそこで働くのか、ナゼそこに住み続けるのかという理由を波瀾万丈な人生ドラマと共に紐解いていく「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~」(毎週月曜夜9時)。「テレ東プラス」では、毎回放送した感動ストーリーを紹介していく。

パプアニューギニアで尊敬される日本人


今回は、パプアニューギニアで多くの命を救い、「ビッグマン」と呼ばれる日本人男性にスポットを当てる。惜しまれながら92歳でこの世を去った彼を、番組では生前に取材していた。英雄と称される一方で「生き恥をさらした」と語る、その波瀾万丈の人生とは?

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パプアニューギニアは日本の真南にある、太平洋に浮かぶ島国。800を越える部族が存在し、大自然の中で昔ながらの生活を続ける人々も多く、地球最後の秘境の国とも言われている。

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今回探す日本人が住むウエワクは、首都ポートモレスビーから約770キロ離れた辺境の町。まずはウエワクで、有名な日本人について聞き込みを始めると、誰もが「ビッグマン」と口を揃える。パプアでは、尊敬に値する人を「ビッグマン」と呼ぶのだという。

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さらに聞き込みを続け、日本人のお宅を発見。警備員に「ビッグマンに会いたい」と取り次いでもらい、現れたのは川畑静さん(当時91歳)。川畑さんはパプアに移住して33年。住まいは、自身がオーナーを務めるニューウエワクホテルの一角だ。

川畑さんの生活に密着


午前10時。川畑さんの一日は、朝食から始まる。この日は好物の焼きおにぎりと、日本で買った梅干し。「日本に次行ったら、水木さんのお墓参りせなあかんな」

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『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる水木しげるさんとは旧知の仲。実は水木さん、生前は何度もニューウエワクホテルを訪れ、「ウエワクの帝国ホテル」と呼んで気に入っていたのだ。

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川畑さんが移住したのは33年前だが、ニューウエワクホテルは50年以上続く老舗。30人の従業員は皆、貧困から抜け出すきっかけを作ってくれた川畑さんに感謝している。

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「他人の作った借金があるこのホテルを立て直したの」と教えてくれたのは、川畑さんの娘・ミハルさん(29歳)。当時のお金で5000万円、現在の金額にして1億円の借金を肩代わりした川畑さんは、時には宿泊客の残り物を食事にして、運転手兼コック兼案内人として働き、20年かけて完済したのだ。

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そんな川畑さんは、街に出ればいろいろな人に声をかけられる。この日の夜は、州知事夫妻と会食。パプアの人々から尊敬される川畑さんだが、なぜパプアに来ることになったのか?

時代の荒波に巻き込まれる


1926年(大正15年)、長崎県佐世保に生まれた川畑さん。遠洋航海に行っていた父は、海外でカメラをよく買ってきてくれた。少年時代に父から手ほどきを受け、カメラが好きになったという。

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川畑さんが15歳の時、太平洋戦争が開戦。日本は次第に窮地へと追い込まれる。川畑さんは、家族を守るために自ら戦線に出るしかないと、学校を中退して海軍に志願。18歳で海軍予科練に入隊した川畑さんは、人間魚雷"回天"の乗組員として配属された。

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人間魚雷とは、爆破のみの魚雷を改造し、ミサイルの中に魚雷を操縦する運転席を作ったもの。命と引き換えに、そのまま敵艦に体当たりするという残酷な兵器だ。

敵艦に命中すれば必ず死が。命中しなかった場合も、脱出装置はなく酸素は4時間しか持たないため、酸欠で苦しみながら死を待つ。それでも当時の川畑さんに迷いはなかったという。

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乗組員として集められた100人の若者は、過酷な訓練を終えると次々に戦場へ。そしてついに川畑さんに出撃命令が。だが、出撃6日前の1945年8月15日、日本の降伏により太平洋戦争が終結。

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生き残った嬉しさよりも、死んで行った仲間たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだったという川畑さん。生き恥をさらすくらいなら、自決しようと考えたこともあったという。

そんな川畑さんを救ったのがカメラだった。亡くなった仲間にカメラで未来を見せてやる、カメラと共に生きていくことを決意したのだ。

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特攻訓練で鍛えた度胸を武器に、川畑さんは危険な場所や過酷な現場もお構いなしの、売れっ子報道カメラマンになった。当時若手記者だったTBSの元キャスター・筑紫哲也さんも認める存在だったという。

カメラマンとしてパプアに赴いた川畑さんは、ひょんなことから知り合いに頼まれ、借金まみれのホテルの再建を引き受けることに。カメラマンを辞めパプアに移住して14年後、川畑さんが72歳の時にある悲劇が起きる。

パプアで多くの命を救った偉業


1998年、高さ15メートル、幅30キロの大津波が、川畑さんの住む隣町アイタペを襲った。死者2000人以上の大災害だ。

川畑さんは自身のホテルを無償で提供。やがて被災地の近くにあった川畑さんのホテルは、海外からの緊急援助隊の拠点に。日本からの救援物資もホテルに到着したが、なぜか必要とする人々のところに届かない...。道路が寸断され、物資を運べる状況ではなかったのだ。

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この緊急事態に、なんと川畑さんは飛行機を持っていた隣国オーストラリア軍に個人で直談判!日本からの救援物資を、空路で被災地に送り始めたのだ。この行動のおかげで、食料や飲み水、毛布といった物資が行き渡り、多くの人々の命が救われた。

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異国の人間が、現地の人々のため無償で働き続ける。その姿を見た人々は尊敬と愛情を込め「ビッグマン」と呼ぶようになったのだという。

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ホテル経営のかたわら、戦争で亡くなった人々の魂を弔いたいと、パプアに眠る日本兵の遺骨捜索の活動も始めていた川畑さん。その縁で、安倍総理が日本兵の慰霊に訪れた際、川畑さんが案内人に抜擢された。

この時川畑さんは総理に「パプアの地に眠る日本兵のことを忘れないでいてほしい」と訴えた。その様子はパプアの全国紙の一面に載り、より多くの現地の人々が川畑さんの存在を知るようになったのだ。

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川畑さんが亡くなるまで必ず訪れていた場所、ピースパーク。日本兵を慰霊するために造られた公園だ。パプアの発展を願う川畑さんは、パプアの若者が農業を学べるように自ら日本に連れて行くなど、両国の橋渡しとなる活動も続けた。

パプアニューギニアには、天災から多くの人々の命を救い、現地の人々から「ビッグマン」と呼ばれた日本人がいた。

ほか、この日の放送では、ソロモン諸島で民族紛争をたった一人で終結させた男性、パキスタンの秘境の山奥で5000万円かけて貧しい人達を救った女性も紹介した。

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そして4月15日(月)の「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~」は、夜8時から2時間SP! 芸能人が世界の秘境で自給自足をしている「ナゼそこ日本人」を訪ねる新企画第2回目は、DJ KOOが南米チリの秘境パタゴニアで自給自足のような生活を送る日本人探しの旅へ。日本を出発して60時間、チリ最南端のパタゴニア、美しい大自然に囲まれた秘境に住む日本人女性と出会う。するとそこには、驚きの自給自足のような生活が! DJ KOOも家畜の世話や野菜の収穫に挑戦するが、次第に身体に異変が......。ほか、「日本人偉人伝説」は、アフリカ・ガーナの秘境の村を命を懸けて救い、感謝され続けている日本人を紹介。

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世界ナゼそこに?日本人

世界ナゼそこに?日本人

世界で活躍する知られざる日本人を紹介する新番組。ナゼ海外で働くのか?日本から遠く離れた土地で働く理由を波欄万丈な人生ドラマをまじえて紐解いていく!

放送日時:テレビ東京系列 毎週月曜 夜9時放送

出演者

【MC】ユースケ・サンタマリア、新井恵理那

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